赤い男は、不幸の前兆として現れるんです。
チュイルリー宮殿の呪いの始まり
この話は、16世紀フランスのカトリーヌ・ド・メディシスが建設したチュイルリー宮殿に由来します。
宮殿の建設地にはかつて工場と屠殺場があり、そこで働いていた屠殺人ジャン・ルコルシュールが立ち退きを拒んだため、王室の手の者によって暗殺されました。
死の間際、ジャンは「私は戻ってくる」と呪いの言葉を残し、血まみれの幽霊として蘇ったとされています。
この時から、彼は「赤い男(L’Homme Rouge)」と呼ばれるようになり、王族たちに不幸をもたらす不吉な影として語り継がれているのです。
不幸の前触れとして現れる赤い男
赤い男は宮殿に住む王族たちの前に現れ、彼らの最期を予告したとされています。
アンリ4世の暗殺(1610年)や、ルイ16世の処刑(1793年)の直前にも目撃されたとの記録が残っています。
さらに、ナポレオン・ボナパルトも遠征のたびにこの赤い男と遭遇し、彼の助言を無視したことでロシア遠征の失敗を招いたと言われています。
赤い男は、一度目撃されるとすぐに姿を消す特徴があります。
そのため、多くの者が「彼は単なる悪霊ではなく、不幸の前兆を告げる存在」と信じてきました。
伝説の終わりと赤い男の最期
1871年のパリ・コミューンの際、チュイルリー宮殿が焼失したことで、赤い男の姿も見えなくなったとされています。
最後の目撃談は、火災の直前に赤い男が宮殿内で悲しげに佇んでいたというものでした。
宮殿が灰となった今、赤い男が本当に消えたのか、それとも再び現れる機会を待っているのかは誰も知りません。
パリを訪れたら
もしあなたがパリのチュイルリー庭園を訪れることがあれば、庭園の影に赤い男が潜んでいるかもしれません。
そして、彼の姿を見たときは、何か不吉なことが近づいているのかもしれませんよ……。









